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記憶のつむぐくらし

[2025.12.01]

記憶力低下

 

年をとると、モノわすれがはげしくなる。

記憶力が、めっきり低下する。

昔のことは、おぼえているのに。

 

記憶のはなしで、しばしば語られるコトバです。

とくに認知症の関連するはなしなどで。

 

本当でしょうか?

 

年をとったから、新しいものが覚えられないのでしょうか。

若いときは、記憶力バツグンでしかたか。

 

わたしの場合、若いときも、記憶はニガテでした。

英単語なんて、ゼンゼン覚えられない。

歴史の年代、もうお手あげです。

 

だったら、いまとかわりないじゃん。

はい、その通りです。

 

世間だって、おなじですね。

物忘れがはげしい。

 

「あやまちはくり返しません」という記念碑が、色あせています。

原発事故を解決しようとしないまま、原発を次々に再稼働。

節電の大切さはどこへいった、イルミネーションの海。

つらい記憶も、忘れてはいけない記憶も、みんな物忘れ

 

でも今回は、「忘れる」記憶に深入りしません。

忘れられない」記憶に着目してゆきます。

前置きが、長いんだってば。

 

 

 

わたしたちは記憶の上で生きている

 

生まれたときは、白紙です。

そこにだんだんと「記憶」がつくられてゆきます。

 

家族。

ことば。

ごはんの食べかた。

お風呂の入りかた。

時間の見かた。

家の場所。

 

転居をしたことがありますか。

すると、記憶回路がごっそり上書きされます。

 

あたらしい住所の記憶。

あたらしい家の記憶。

あたらしい道筋や地理の記憶。

あたらしいお店の記憶。

そういう記憶が、上書きされて、あたらしい場所でのくらしがスタートできます。

 

あたらしい職場。

あたらしい学校。

あたらしい生活。

すべて、あたらしい記憶の上書きではじまります。

 

くらしは、記憶の上になりたつ行為です。

 

 

 

 

記憶って、何?

 

あらためて、「記憶」とは何でしょうか。

それは、アタマに結びついていったことがらです。

それは、生後のくらしの中で、結びついてゆきます。

 

その中でも、どんなものが結びつきやすいでしょうか。

それは、自分にとって、「印象深い」ものです。

印象深いものが、強く、強く、むすびついてゆきます。

 

なぜなら、何度も、よみがえってくるからです。

くりかえし、くりかえし、反芻するからです。

その結果、ますます強く結びついてゆきます。

つまり自分と強く結びついていったものが、強い記憶になります。

 

たとえば、とってもうれしかったこと。

苦難の末の、成功体験とか。

 

たとえば、とっても悲しかったこと。

胸がはりさけるような別れの体験とか。

 

たとえば、とってもこわかったこと。

命の危険を味わうような衝撃事件にであったこととか。

 

とってもつらかったこと、とっても恥ずかしかったこと、とっても残念だったこと。

 

強く、強く結びついていったものが、「深い」記憶となってゆきます。

新しい、古いじゃありません。

もの覚えがいい、悪い、の問題じゃありません。

 

 

 

 

どんなことが、記憶にのこりますか?

 

記憶に結びつきやすいもの。

ここに、性格がかかわってきます。

 

うれしかったことを、強く記憶に結びつけやすい性格。

失敗やエヘヘのものは、記憶に結びつきにくい性格(しばしば忘れている)。

こういうキャラだと、人生、ホノボノとしてきます。

 

つらいことが、やたらに強くのこってしまう性格。

くりかえし、くりかえし悲嘆をひき戻しては味わう性格。

こうなると、人生のたのしみが減ってしまいます。

 

いえ、たのしみレベルですまなくなることがあります。

」の生きかたに暗雲を呼びこむ。

それどころか、「明日」の生きかたまで、こわしはじめる。

 

そこまでいってしまったひとつが、PTSD。

心的外傷後ストレス障害

つらい「記憶」が、いまのくらしを縛ってしまっている状態。

 

 

 

 

いまの体調

 

いま、体調はいかがでしょうか。

 

よくありません。

ボロボロです。

たのしくない、どころじゃなくて、苦しい。

 

このとき、しばしば過去の苦しい「記憶」が影響していることがあります。

まれなこと、ではありません。

ほんとうに、シバシバみられます。

意識するにしても、意識していないにしても。

 

冷静にかんがえてみれば、過去は「すぎさった昔」です。

いまのはなしじゃありません。

土にうめこんでしまったって、いいものです。

しかし、「記憶」として、からだから消えてくれない。

 

記憶って、不思議な機能です。

本来は、くらしてゆくための中心的な学習能力です。

 

記憶があるから、いまの生活をおくれる。

記憶を土台に、今日があり、明日につながる。

 

 

 

 

記憶を大切に

 

記憶が「忘れる」ことに傾きすぎては、片手落ちです。

そういう社会の動静にのっても、危険です。

 

むしろ「忘れられない記憶」に着目してゆきたいと思います。

 

腰が痛い。

夜ねむれない。

胃の不調がつづく。

気分の落ちこみから抜けだせない。

元気がでない。

 

カラダの不調。

ココロの不調。

 

そこに、忘れられない記憶の存在がありませんか。

 

記憶は、「今日のくらし」の土台をになうものです。

いい記憶は、いい方向性をうむ。

そうでない記憶は、くらしの質をはばむ。

 

忘れてしまいたい記憶。

でも、これが意外にしぶとい。

かんたんには、埋めこむことはできません。

なぜなら、強く結びついてしまっているから。

 

埋めこめないなら、燃やしてしまえないか。

オナカで燃やす。

呼吸で燃えやすくする。

あるいは、灰(お通じ)を整理する。

 

ユラユラと燃える焚き火にあたっていると、身も心もあたたまります。

そういう暖のとりかたもあります。

 

 

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